大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(う)153号 判決

被告人 沢海章

〔抄 録〕

そこで、考えてみると、尊属殺人罪の規定に関する最高裁判所の判例(昭和四八年四月四日大法廷判決)の趣旨に徴しても明らかなように、自己又は配偶者の直系尊属を身体傷害により死に致した場合、通常の傷害致死罪に比して刑を加重する規定を設けること自体は、尊属に対する敬愛、尊重という社会生活上の基本的道義を維持するために必要な限度を逸脱しない限り、合理的根拠を欠くとはいえないから、憲法一四条に違反しないと解するのが相当である。ところで尊属に対する傷害致死罪を規定する刑法二〇五条二項をみると、その法定刑は無期懲役又は三年以上の有期懲役であるが、これを通常の傷害致死罪の法定刑が二年以上の有期懲役となっているのと対比すれば、上限において一項にない無期懲役があるものの、他方有期懲役もあって、刑種が極めて重い刑に限定されているわけでなく、しかも下限において僅かに一年長くなっているにすぎないので、その加重の程度が極端なものとはいえないし、さらに、減軽規定の適用をまたないで情状により執行猶予を付することも可能であるから、右二〇五条二項の規定は、一概に前記の必要な限度を逸脱しているとか不合理であるとまではいえない(当裁判所昭和四八年(う)第一〇七一号同年一〇月二三日第一〇刑事部判決・東京高等裁判所判決時報第二四巻第一〇号一六二頁参照)。もっとも右の規定については、原判決が指摘するようにいくつかの問題点が存することは否定できず、ことに無期懲役刑をも科し得るものとしている点に関する限り、加重の程度が極端にわたるから違憲でないかとの疑いが生ずる余地はあるが、少なくとも具体的に法令の適用および刑の量定をするに当り、有期懲役刑を選択したうえ適切な配慮を加えるならば、右の規定が存するがために著しく不合理な事態が生ずることはほとんど考えられず、このような場合右規定の合憲違憲を論ずる実益は無きにひとしいものと思われるのであって、なお右指摘の諸問題は寧ろ立法政策によって解決されるべき事柄に属するものというべきである。以上の次第で、刑法二〇五条二項の規定は少くとも有期懲役刑に関する限り憲法一四条に違反せず、従って、原判示の事実に対しては尊属傷害致死罪として刑法二〇五条二項を適用しその定める有期懲役刑を科し得べきものと考えられるから、右規定全部を違憲とする見解に立って、本件に同条一項を適用した原判決は、法令の適用を誤ったものというべく、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(吉田 粕谷 本郷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!